遺言・後見を考えるタイミングを           医療・介護の視点で解説

認知症になる前に考えるべきを表すイラスト 医療・介護と相続のはざま

「認知症=何もできない」ではない

ご相談者
ご相談者

親が認知症と診断されたので、

もう遺言は書けませんよね

<span class="fz-28px"><span class="fz-24px">行政書士</span></span>
行政書士

これは正確ではありません。認知症の診断がついたからといって、その瞬間にすべての法律行為ができなくなるわけではないのです。重要なのは「認知症かどうか」ではなく、「その時点で本人に意思能力があるかどうか」という点です。

相続や遺言のご相談を受けていると、「親が認知症と診断されたので、もう遺言は書けませんよね」というお話をよく伺います。

この記事では、薬剤師・ケアマネジャーとしての現場経験もふまえて、認知症の進行度と意思能力の関係、そして遺言や任意後見契約を検討すべきタイミングについて解説します。

意思能力とは何か

意思能力は「ある」か「ない」かの二択ではなく、行為の種類や複雑さによって必要とされる判断力の水準が異なります。

意思能力とは、自分の行為の結果を理解し、判断できる能力のことです。遺言書の作成、不動産の売買、契約の締結など、法律行為を有効に行うためには、この意思能力が必要とされています。

意思能力を欠いた状態で行われた法律行為は、無効になる可能性があります。遺言であれば、後から相続人の間で「本当に本人の意思だったのか」と争いになり、遺言無効確認訴訟に発展するケースも少なくありません。

大切なのは、意思能力は「ある」か「ない」かの二択ではなく、行為の種類や複雑さによって必要とされる判断力の水準が異なるという点です。日用品の買い物ができる判断力と、不動産を売却する契約を理解できる判断力は、必要とされるレベルが違います。

認知症の進行度をどう捉えるか

認知症の進行は、一般的に次のような段階で語られることが多いです(原因疾患や個人差によって経過は大きく異なります)。

介護の現場では、要介護認定の区分(要支援1・2、要介護1〜5)や、認知機能検査(長谷川式簡易知能評価スケールなど)の結果も、本人の状態を把握する目安として使われます。ただし、これらはあくまで介護サービスの必要度や認知機能の目安であり、「法律行為ができるかどうか」を直接判定するものではない、という点には注意が必要です。

現場でよく使われる判断基準


意思能力そのものを測る検査は存在しませんが、認知機能の状態を把握するために、医療・介護の現場では次のような指標がよく使われます。あくまで目安であり、点数だけで意思能力の有無が決まるわけではない点にご留意ください。

長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)

日本の医療・介護現場で最もよく使われる認知機能検査の一つです。年齢、日付、場所の見当識、計算、記憶(言葉の記銘・再生)など9項目で構成され、30点満点で評価します。

  • 一般的に、20点以下で「認知症の疑いあり」とされる目安になっています
  • 点数が低いほど認知機能の低下が疑われますが、体調やその日のコンディションによっても変動するため、1回の結果だけで判断せず、経過を見ることが重要です
  • あくまでスクリーニング(ふるい分け)検査であり、確定診断や意思能力の有無を判定するものではありません

MMSE(ミニメンタルステート検査)

長谷川式と並んでよく使われる検査で、こちらも30点満点です。見当識、記憶、計算、言語、図形の模写などから評価します。

23点以下で認知症の疑いありとされることが多い検査です。国際的にも広く使われており、医療機関での診断の補助として用いられます。

認知症高齢者の日常生活自立度

要介護認定の際に用いられる指標で、日常生活における自立度をランクI〜Mで評価します。点数化された検査ではなく、「一人で外出できるか」「意思疎通に支障があるか」「常に介護を必要とするか」など、生活場面での様子から総合的に判定されます。財産管理の場面では、この自立度がⅡ以上(日常生活に何らかの支障が見られる段階)になってきた頃から、周囲のサポートを検討し始めるご家庭が多い印象です。

これらの指標をどう活かすか

行政書士や公証人は医師ではないため、これらの検査結果そのものを使って意思能力を判定することはできません。ただし、遺言作成にあたって医師の診断書を取得する際の参考情報として、あるいは「今がまさに検討すべきタイミングかどうか」をご家族と話し合う材料として、これらの数値は実務上とても役立ちます。

たとえば、ケアマネジャーが日々の関わりの中で「そろそろHDS-Rの結果が気になる水準になってきた」と感じたタイミングは、遺言や任意後見の準備を急ぐべきサインの一つといえるでしょう。

私薬剤師として薬局で働ているときに、患者さんがお薬代を支払っていただいた後、薬局を出られて、5分後に再度来局して、お薬代を支払いに来られるかたがいっらっしゃいましたが、それもサインの一つかと思います。

なぜ「早めの遺言」が大切なのか

遺言や任意後見契約は、本人の意思能力がしっかりしているうちでなければ作成できません。ここに、認知症対策で最も難しい部分があります。

つまり、「そろそろ心配だな」と家族が感じ始めたタイミングこそが、実は遺言や任意後見を検討する最後のチャンスに近いことが多いのです。診断名がついてから慌てて動くのではなく、日々の様子の変化に気づいた段階で専門家に相談していただくことが望ましいと考えています。

現場で見えてくる「そろそろ」のサイン

ケアマネジャーや薬剤師として高齢者の生活に関わる中で、次のようなサインが見られた場合は、財産管理や終活について話し合いを始めるきっかけとしておすすめしています。

これらは医学的な診断そのものではありませんが、「財産管理を自分だけで続けるのが難しくなってきているサイン」として捉えることができます。

公正証書遺言が推奨される理由

意思能力に不安がある場合、自筆証書遺言よりも公正証書遺言の作成をおすすめすることが多いです。理由は次のとおりです。

将来、相続人の間で「本当に本人の意思だったのか」と争いになるリスクを減らすためにも、判断能力が確かなうちに、専門家を介して公正証書遺言を作成しておくことは大きな意味があります。

任意後見制度という選択肢

すでに判断能力の低下が始まっている、あるいは将来に備えたいという場合は、任意後見制度の活用も検討できます。

任意後見契約は、本人に十分な判断能力があるうちに、将来判断能力が低下した場合に備えて、財産管理や身上保護を託す人(任意後見人)と、その内容をあらかじめ契約で定めておく制度です。実際に判断能力が低下した段階で、家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てることで、契約の効力が生じます。

遺言が「亡くなった後」の財産の行き先を決めるものであるのに対し、任意後見は「生きている間」の財産管理や生活の支援を託すものです。両方を組み合わせておくことで、認知症が進行した場合にも、亡くなった後にも、安心できる備えとなります。

まとめ

認知症は、ある日突然すべての判断能力が失われるものではなく、少しずつ進行していくものです。だからこそ、「診断がついてから」ではなく、「あれ、最近ちょっと心配だな」と感じた段階で、遺言や任意後見について話し合いを始めることが大切です。

当事務所では、薬剤師・ケアマネジャーとしての経験もふまえ、ご本人の生活状況や体調の変化も伺いながら、遺言書作成や任意後見契約のご相談をお受けしています。「うちの親、そろそろかもしれない」と感じたら、早めにご相談ください。




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